伝説の幕開け!21歳ハーンズがクエバスを2回KO、初戴冠
1980年8月2日、デトロイトのジョー・ルイス・アリーナは熱狂の渦に包まれた。地元出身の21歳、トーマス・ハーンズがWBAウェルター級王者ピピノ・クエバスをわずか2ラウンドで粉砕。初の世界王座を手にした瞬間、ボクシング界に新たな時代の幕が開いた。
プロモーション名は「第二次世界大戦」。当時のウェルター級はシュガー・レイ・レナード、ロベルト・デュラン、ウィルフレド・ベニテス、カルロス・パロミーノら豪華な顔ぶれがひしめく黄金時代。その中でクエバスは11度の防衛成功を誇る恐るべき左フックを持つ王者として君臨していた。対するハーンズは28戦無敗(26KO)の強打者。クロンクジムのエマニュエル・スチュワードの指導を受け、USBAウェルター級王者の肩書きを引っさげての挑戦だった。
エアコンなしで部屋を涼しくするならこの一台Airio Pro ファイトマネーでは王者クエバスが150万ドル、挑戦者ハーンズが50万ドルと差があったが、約1万2000人の観客は地元の英雄を後押しした。試合は開始ゴングと同時にハーンズのペースに。鋭いジャブがクエバスの顔面を捉え、ストレートが防御を打ち破る。クエバスは得意のプレッシャーをかけられず、距離を支配される。第1ラウンド終了間際には左フックで王者をぐらつかせ、さらに右連打で大きく揺さぶった。
決着は第2ラウンド。ハーンズの右フックが炸裂し、クエバスはキャリア初のダウンを喫して顔面からマットに沈んだ。カウントを聞いて立ち上がったものの、足元はおぼつかない。トレーナーのルペ・サンチェスがリングに上がり、レフェリーのスタンリー・クリストドゥロウが2分39秒で試合を止めた。
このKO勝利はハーンズをスーパースター街道へと押し上げた。彼はその後WBA王座を防衛し、翌年にはシュガー・レイ・レナードと伝説の一戦を実現。最終的に6階級制覇を達成する。多くの歴史家は、このクエバス粉砕の夜を「ハーンズがエリートの仲間入りを果たした瞬間」と位置づけている。
地元ファンの大歓声の中、新王者の拳が高々と掲げられた。ボクシング史に残る衝撃的な戴冠劇——それは“ヒットマン”トーマス・ハーンズの伝説の始まりだった。
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