敗北確率25倍の挑戦者ホリフィールド、タイソンの“いじめ”を粉砕した伝説の一戦
1996年11月9日、ラスベガス。WBAヘビー級タイトルマッチのゴングが鳴る直前まで、誰もがこう信じていた——「またタイソンが一方的に倒す」と。
しかし、リングに上がった挑戦者イベンダー・ホリフィールドは、その常識を真っ向から否定した。34歳、過去4戦で2敗。心臓診断をきっかけに一時引退し、復帰後のボビー・チーズ戦も苦戦続き。多くのボクシングライターがタイソン有利を予想し、ブックメーカーはホリフィールドを25対1の大穴と見なしていた。
夜間運転用メガネが今ドライバーに急増中ナイトライダー 対する王者マイク・タイソンの復帰戦は、まるで違うストーリーを描いていた。ピーター・マクニーリーは89秒でコーナーがタオルを投入。バスター・マティスJr.は3ラウンドで沈んだ。フランク・ブルーノは圧力に耐えきれず、ブルース・セルドンは短い防衛戦で2度のダウン。いずれも、タイソンが“選ばれた相手”をいかに恐怖させられるかを示すだけの試合だった。しかし、そこには真の強敵が襲いかかってきた時にどう対応するか——その答えはなかった。
試合開始早々、タイソンの強烈な右ストレートがホリフィールドをとらえた。しかし、挑戦者は動じなかった。その一撃を吸収し、逆にクリンチでタイソンを押し返し、至近距離からショートパンチを浴びせる。王者がかつて見せた、頭を振りながらコンビネーションを叩き込む姿は、この日どこにもなかった。
タイソンは一発に頼り始めた。ホリフィールドはその一発をブロックし、クリンチし、そして自らの右ストレートで応戦した。距離を支配したのは挑戦者だった。ジャブで外からコントロールし、タイソンが突進してくれば胸を合わせて密着。王者がパワーを生むためのスペースを徹底的に奪った。
6ラウンド、偶然のバッティングでタイソンの左目上にカットができる。タイソン陣営はホリフィールドのラフな戦術に抗議したが、試合を決めたのはその傷ではなかった。同じラウンド、ホリフィールドは左フックでタイソンをマットに沈める。東京でバスター・ダグラスに敗れて以来、初めてのダウンだった。
それ以上に深かったのは、精神的なダメージだ。タイソンは立ち上がったが、ホリフィールドが前に出るたびに後退を強いられた。10ラウンド、王者はロープに追い詰められ、連打を浴びてベルトの音でようやく生還。11ラウンド、開始37秒。レフェリーのミッチ・ハルパーンが試合を止めた。
ホリフィールドは、タイソンの“恐怖”という武器を完全に解体した。恐怖に依存した戦術は、技術的な限界を露呈する。コンビネーションは途切れ、インサイドでの攻撃は単発になり、一度距離を奪われれば再構築の術を持たなかった。
2度目の対戦は、あの噛みつき事件で知られることになる。しかし、最初の一戦こそが真実を映していた——タイソンが、自らのレジェンドに抗う相手に押し込まれる姿。ホリフィールドはいじめっ子を生き延びただけではない。いじめっ子が成功するための方程式そのものを、粉々に打ち砕いたのだ。
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